どうやって、いつもどんなときも
あんたを独り占めしてる?
たまには違うものを

自分の知ってるあいつのどんな顔で
独り占めされてる?
誰も知らない、そんな顔―――?




スパイラル・オブ・ユウ




『今夜、会えない?』
懐かしい、声だった。

一昔、と言ってもほんの二年前。私たちがあの世界が紛糾していた時代の真っ只中に居たころだ。そのころは毎日を顔を会わせていて、失いたくない仲間がいた。その中の、一人。
「いきなり、だな。私の予定も考えろよ」
その中の違う一人とは、毎日とは行かないまでも連絡を取り合っていて、私はよくその人のいる場所に赴く。
『予定あるって顔だな』
「うん」
『ベベルに?』「ベベルに」
そこはベベル。スピラにはもう珍しい、格式高い町並みの並ぶ街。そしてエボンの総本山。二年前のこともあって、エボンに良い印象が持てないにも私を訪れさせるほどの衝動を覚えさせる、あいつがいる場所。

『なんでベベルに?』
「スフィア・ハントで獲ったものを党に渡しに。ヌージのとこには今ユウナが渡しに行ったところ。」
『へぇ。それっていつ頃約束してんの?』
「えっと……あと四時間くらいしてから」
『じゃあさ、今日はそれまで予定は無いんだろ?それなら今からその時間までベベルで遊ばねぇ?』
「まぁ…いいけど。どうしたんだ?いきなり」
『いろいろあってさ!じゃあ、それまで一時休戦ってことで。じゃあなっ!』
「またな……ギップル」
外には、海に沈み行く大きな真っ赤な太陽の姿があった。


「よっ、パイン先生!」
「あ、ギップル。本当、久々だな…何時ぶり?」
彼女の後姿を見つけて、最初に声をかけたのはギップルだった。彼女は何時もの姿だったものの、振り返って少し笑ったような顔は、前会ったときよりも幾分も優しくなったように感じた。
「え……実はこの前四人で集まったのが最後じゃない?」
「もう、そんなにもなるのか?」
彼女とギップルの身長差というのは多分にあって、自動的に彼女がギップルを見上げるまたは上目遣いになる。ギップルはそんな上目遣いになった彼女―――特に幾分も色っぽくなった目つき―――に正直驚きを隠せなかった。
「どうか、した?」
「いーや、なんもっ!…とりあえずコーヒーでも飲もうぜ」
「あ、うん別にかまわないんだけどさ…ギップル、あんた本当にどうした?」
「別にどうもないって!ほら、俺ちょっといい感じのお店知ってるんだ!」
「ちょ、ギップル!?は、恥ずかしいって…!」
ギップルがぎゅっといきなり彼女の手を握って走り出す。彼女はほんの一瞬の出来事で、最初は状況が理解できずに驚いた顔をしていただけだったが、時間が経ち状況を理解すると少し頬を赤らめて手を振り払おうとする。そんな彼女の手の動きを知ってか知らずか、ギップルは強くその手を握り締めた。
手袋越しに伝わる手は、少し冷たい。

遂に、彼女の振り払う力が大きくなったのか、それとも彼女の走るスピードが遅くなっていったのかは定かではないが、彼女の手が離れて肩を揺らして荒れた声で言う。
「いっ、いきなりびっくりするだろ!?」
「だって、どうせパイン先生手繋ぐって言っても「はぁ?」なんて言って茶化すだろ?ちょっと悪戯してみたくなっただけ」
「もう!…悪ふざけも、程ほどにな?」
少し前に居るギップルの傍に歩み寄ると、ぽんっと肩を叩いて、顔を覗き込むように微笑んだ。
「あ、見えてきた。あそこあそこ」
そこは、いつも彼女が連れてこられるようなお店よりも少しくだけてはいるものの落ち着いた雰囲気のカフェだった。

「ベベルから見る夕日っていうのも、なかなか綺麗なもんだな」
席は窓際。そのカフェで自分たちが夕焼けを独り占めしてるんじゃないかと思うほど夕焼けが綺麗に見える席。
「そうだな…二年前のことがあったから、ベベルでこんなのんびりできるなんて思ってもなかったから…」
「俺なんて、子供の頃からベベルなんて死ぬまで入れるなんて思わなかったしな」
「いろいろ、大変だったからな…」
彼女は右手で掴んでいたカップに加えて左手を飲み口に添え、少し寂しそうにその真っ赤な空を見つめていた。

「そういえばさ、パイン先生って…」
「なんだ?」
「バラライと付き合ってんの?」
下品とは分かっているものの、まるで何かを噴出すかのように口内の空気を外へと吐き出した。
「な、なんで?」
「そうじゃないとベベルに行かないじゃん?それに、なんとなく…態度で分かる」
「そっか……まあ、事実だから否定しないよ。そういえば、ギップルにはまだ伝えてなかったね」
「え、というか俺だけっ!?なんで俺だけ言ってくれないんだよっ?!」
「だって…あんまり言う機会っていうのもなかったし……それに、バラライが言ってるかと思った」
「俺はバラライともあんまり会えてないしさ。なんていうか、その、二人とあんまり会えないから知る術もない、か…」
「でもさ、私があんたを信用してないとか、そうじゃないよ。きっと一番みんなの中では話しやすいし、親友って気がしてる」
「そう…あんがと」
今までじっと彼女の方を見詰めていたギップルだったが、それから窓の方へと視線を移した。
「今回のことでは、なんだか言いそびれちゃったけどさ。一番暴露できるっていうか…そんな感じ、だな」
微笑んだ彼女を片目で捉え、少しはにかんだような顔をしてまた外の夕焼けへ顔を向けた。


「っていうかさ、パイン先生」
「ん、なんだ?」
代金を支払い、カフェを出て暫く歩くと、彼女の少し後ろをギップルが歩く状態となった。そこで、ギップルは気がつく。
「足、怪我でもしてるのか?」
「いや、さっきちょっとくじいちゃったかも…しれない。ちょっと、歩く度に痛い……って、だからギップル何して…ッ」
「ほら、あそこの噴水の縁開いてるからそこ座ろっ。これ以上パイン先生の足酷くなったら…」
ギップルが彼女の腰辺りに腕を回して、少し彼女の身体を浮かしてから膝の裏に手を伸ばし、抱きかかえた。
「わ、私は大丈夫だからさっ、は、早く下ろそうっ!」
その後ギップルは噴水ギリギリまでその状態で彼女を運び、噴水の縁に彼女を腰掛けさせ、自分もその隣に座った。
「ごめん…俺があんな無理矢理なことするから……」
「いや、別に。私の走り方がちょっと悪かっただけだからさ。そんな……あんたが罪悪感感じる必要ないよ」

ふいに、ぎゅ、と彼女の方を引いて肩の上へ腕を回して彼女を抱きしめた。
「あんたはさ、アイツの前でそんな顔、するのか?」
「―――え…?」
俺もヌージも見たこと無いような顔を、アイツの目の前だけで。
アイツは…あんたの前で、どんな顔、してる?
俺も、ヌージも知らない、そんな顔なのか?
――――――そんなこと、あんたしか知らないけど。

ぎゅ、と更に強く。 私は、どうすればいい?

「本当はさ、選抜のころから気になってて。でもその時はまわりに誰も女が居なかったからただ気になってただけだと思ってた」
「だけど、戻ってきてから…シドの娘とかが今はすぐ傍に居るのに、何も寂しくないはずなのにさ」
「あんたが居ないと…、もう俺ッ、どうしようも、ねぇんだよ…」
彼女は何も動かない。表情もそのままで、ただ触れ合った胸からその鼓動だけが聞こえた。
――――――もう、知らない振りはできない。

そこから、彼女の両肩を握って自分の身体から引き剥がすと、そのまま口付けた。
彼女はただ、そのギップルの瞳の中に描かれた螺旋を、ただ目で追っていた。
ただ、それだけ。
ちゅ、と音を立てて、二つは離れる。彼女は何も言わない。何も表情は無い。
遂に、その頬を涙が伝った。


「私は、どうすればよかったの―――?」
涙は夕焼けを映し出して、赤い。
「あの時、ギップルを拒絶すれば、よかったのか?……私、よく分からないよ」
そして眉間から、くしゃくしゃと彼女の表情が歪んでいった。
「私、あんたとはずっと仲間で居たい……だからあんたを悲しませることはしたくない。―――それなら、この手であんたを抱きしめるべきだった…?」
膝の上に卸した拳を握り締め、ぎゅっとグローブが音を立てた。
涙はただその白い肌に、ぽつりぽつりと音を立てて落ちて行った。
「私は…」
ならないよ、言葉に。

「あんたなら…パインなら、抵抗して、いい」
ギップルも俯いて拳を握り締める。
「俺は、そんなパインが好きだ。これからも、ずっと見ていきたいよ―――仲間と、して」
彼女は口を塞ぐように手を口元にやって、またぼろぼろと涙を流した。
「だからさ、行って欲しい。アイツのところに。…パインのこと、今か今かと待ち構えてる、パインが好きなアイツのところに」
「…ありがとう……あんたには、いつも助けてもらってばっかりだ」
ギップルの額に軽く口付けて、彼女は彼の居る元へと駆けていった。
その後ろ姿を、ギップルは微笑んで見送っていた。
―――この距離は、越えられない。


彼の執務室に一つ二つ、ノック。彼は今か今かと待ち構えていた彼女が来たのだと悟る。
彼がドアを開けた途端に、彼女は彼をぎゅっと抱きしめた。ただ彼はそれを驚いている様子で
「何か、あった?」
「すごく、嬉しいことがあった」
「泣くほどに、嬉しいこと?」
彼の指が、つっと彼女の頬の涙の跡をなぞる。
「うん……だけど…今、会えて、もっと嬉しいよ」

「……好き」
「なんだか、珍しいね」
「…好き、だから……」
「心配しないで、僕はここにいる」
ぎゅっと手を握った。



悲しみは消えないけれど、
きっと私は今、彼しか知らない 幸せな顔をしてる。




fin.