一瞬だけ、見えたもの。 それを。君の素直な気持ちとして受け取ることはできない。 一瞬 「やめて!もういいの!」 そう、止めるのは探していた筈の彼女。 茶色の長くさらさらとした髪に、青がベースの服。シャラシャラと揺れ、摺り鳴るビーズのようなものが繋がった耳飾り。 さっきまでは何も考えずに、このピアノに向っていただけだった。 どこかから見つめられるような威圧感を感じながら、最初は恐々と、今となっては何も感じずに弾いていた、ただそれだけ。 少し反発して、跳ねるように飛び上がる鍵盤とともに、違う鍵盤上では再び鍵盤を押し付ける。一つの鍵盤は一つの音を奏で、それがいくつかの音と結び付きメロディーを完成させた。 どこかで鉄の床を蹴り、鳴る音が聞こえようがカチャカチャという武器の音がしようが全てを忘れたまま、気の向くままに白と黒が規則的に並ぶ鍵盤の上で指を踊らせるだけ。 だけど、君が来てしまった。 不都合な事なんて、きっと無い。 「……レン…」 それは自分の国で歌姫と呼ばれた女性の名、レン。 静かに彼が彼女の名前を呟くように言うと、ふっと鍵盤から手を離した。先程まで、流れているのがあたりまえかのように奏でられていたメロディーが途切れ、音の痕の低い音が部屋の角で響いていたのを、ここに居る人は誰も気付いてはいなかっただろう。 そのピアノに手を乗せた瞬間に忘れてしまった、この事の「目的」。 それは、彼女をザナルカンドに連れて戻すこと。 後ろでは哀しそうな顔をしている彼女と、逃げるように・駆け込むように忍び込んだこの部屋への通路から無数の足音のカンカン、という音が鳴り聞こえる光景だった。 しゃらしゃらと彼女の耳飾りが揺れ、何処から風が吹いているのだろうか、彼女の長い髪が靡く。 それを目に収めながら「彼」はそのピアノから離れ、彼女のいる方へと向い、手を伸ばす。 忘れかけていた感触。 つい最近までは感じていた彼女の感触と匂い。 確か最後に感じていたときには、いつも賑やかなザナルカンドの雰囲気と混ざり合った明るい物だった。 今は。これが、ザナルカンドを失った自分へと手をさしのべる彼女の優しい温もり。 一瞬で流れ込んで来る温かさが、すごく懐かしかった。 うん。君に迷惑なんてかけたくなかったよ。 いつも君は私のそばにいてくれて、優しくしてくれた事、覚えてる。 「帰ってくる」って言った言葉はどこかに行っちゃって覚えてもなかったけど、帰りたい、 君の元へ。 彼が伸ばした手へ、彼女も一生懸命に握り返す。 力を抜いたときに感じる押し返す力は自分がここにいると感じさせてくれる。 たった一瞬、だけどこんなに嬉しいよ。 私は本当に君といて、一緒にいて嬉しかった。 彼女は逃げるように彼の身体へと寄り添う。先程通った通路からは数人の足音が数えられない程聞こえ、薄っすらと兵隊の輪郭が見える。時が進む度にくっきりとはっきりしていくその時間の流れが怖かった。 足音とともに、足音の本人が走り揺れ、振動する手に握られた武器がカチャカチャと鳴っているのが手に取るように分かった。 兵隊が自分の持ち場である場所へと動き、彼らに銃口を向けた。 それらはどこから見ても一点の狂いも無く、一点しか銃口は向いてはいなかった。 何度も、それからカチャカチャと銃の鉄が擦れる音がキィンと耳に響いた。 いつも、困った時には君を見ちゃう。 今は見ても何にもならないけど、君を最後まで見ていたくて。 レンが水色の瞳へと焦点を合わせる。曇りの無く、輝きを放つその水色い瞳は迷うように揺れ、彼女を見つめた。深く、吸い込まれるような色。 彼の特徴の金色の髪が鈍く光った。 ずっと、一緒にいれたらよかったのにね。 彼がレンへと視線を合わせた。今にも泣き出しそうな顔で、自分を見つめる彼女は手放したら脆いガラスのように崩れ去って行くように怖い。 彼女が一回した瞬きで、大粒の幾つかの涙がポロポロと頬を辿って落ちて行く。 その涙が滴り落ちる振動が、痛い程感じられたような気がした。 いつか、君を救い出すと決めたのに。 結局俺は君を助け出してザナルカンドへ連れ戻す事はできなかった。 …絶対、いつか君をザナルカンドへと連れて行く。 絶対、君を助け出すから。 私はこの結末でいいよ。 哀しい結末かもしれないし、君が望んでなかった結末かもしれない。 だけど。 君が一生懸命私の事を迎えに来てくれて、本当に……嬉しかった。 もう一度瞬きして落ちた涙の先の唇には困った表情は全く無く、 嬉しそうに彼女は微笑んでいた。 その次の瞬間に、いくつかの銃から発せられる弾の音が静かに聞こえたような気がした。 彼女の微笑みが見えたのはほんの一瞬。 一瞬で失われた、彼女の嬉しそうな微笑み。 どうして君が笑ってくれたのかは全然理解ができなかった。 ただ、一瞬だけ、見えたもの。 それを。君の素直な気持ちとして受け取ることはできない。 君をザナルカンドへ連れ戻すと自分で約束したのだから。 あと一瞬、あれば言えるのにな。 「ありがとう」 これが、私の本当の気持ちだってこと。 fin. セレブスピラ投稿シューレン作品第1団。 テーマは「一瞬」でした。 なんとなく、今まで書いた話の中で一番気に入っている話です。 一番、私の全てを出し切れたっぽい(なんか言葉がクサいですが) 確か、これ書いてたときが一番追いつめられてたのかも。 そんな追いつめられてた時の話がお気に入り、っていうのがちょっと皮肉。 UP '04/11/03 |