静かにじっと、 何かを言いたそうに。 泡沫に一片の花色を 窓辺にあるのは、彼の仕事をする机。 ときにはその場所を離れたり、居眠りしたり、そんなことをしながらも彼は確実に仕事をこなしていく。 開け放たれた大きいその窓から吹く風が、カーテンを摺り、止められながらもジタバタと音を立てては暴れていた。 街から流れる、穏やかな香りも、流れ込んで来る。 「暑い…って、わざわざホットコーヒーなんて飲まなくてもいいだろ。見てるこっちが暑くなるよ」 「うん……本当に僕だって暑いよ」 「私だって解かってるから言ってるんだろ」 はぁ、と彼女が大きな溜息一つついて、彼を呼ぶ。 「バラライ」 機嫌が如何にも悪そうに、座っているソファの肘掛けに行儀悪く肘をつく。 ふと、今まで目を向けていた場所から視点を離すと、彼はいつもの優しい眼差しで彼女のいる目の端へと向ける。 「何?」 「……私でいいなら、そのコーヒー換えて来ようか?」 彼女からの思いもしない嬉しい提案。 季節は夏。この前までの寒さを感じないほどの暑さ。日が照り付け、まともに外には出ていられない程の強い太陽からの光線が肌を刺す。 「もちろん」 「あんたさ、なんか勘違いしてないか?」 まぁ、いいか。そう彼女が言いながら立ち上がって、彼の机の上のカップをソーサーから持ち上げ、隣の給湯室へと運ぶ。 こう、たまにしてくれるから今の仕事が続くんだけどね。 「あれ、ない」 そう彼女が呟くのが、密かに彼の耳に届いた。 「何か、無かった?」 よいしょ、と彼が長々と座っていた椅子から腰を上げると、声が聞こえた方を覗き、彼女の元へと歩き出した。 彼女の背中まで手が届く程に近づくと、彼女は振り返って、先程声を上げた理由を告げる。 「コーヒーが、無いんだ」 ああ、と彼が何か気がついたように頷くと、微笑んで言った。 「そう言えば、君に出したコーヒーが、一番最後だったよ」 「…最初から、言ってくれって……」 「あ、あのさ……」 未だに彼らは狭い給湯室の中。彼女が口を迷わせながらも言う。 「私、あんまりまだあのコーヒー飲んでないから飲んで。私、水でも飲むから…」 「なんで?君に悪いよ」 「悪いのは私が勝手に来てさ、それであんたにコーヒー出させちゃってさ…」 「そうじゃなくて、僕は君が来てくれるだけで本当に嬉しいんだから、そのまま飲んでて」 ちゅ、と彼女の耳元へと唇を寄せる。チラリとそんな彼を一瞥して、何事もなかったかのように彼に背を向けた。ただ、頬を赤く染めたのだけは隠せないのは彼女の弱点。 腕を組んで、肩を竦める。そんな彼女の様子を微笑み続けながら見るのも、また彼。 「さ、行こうか」 彼女の肩を抱くと、ふいと彼女は彼から視線を逸らす。それでも正直に彼の足取りに合わせて進んで行ってくれるのも、彼には全てお見とおしだった。 「本当に、悪いな」 静かに、再び彼がまた同じ椅子へと腰掛けると、開かれた窓から、ひらりひらりと黄色の長細い花の花びらが風にのって流れて来る。 幾度も、表裏に身をねじらせながら風に乗る。 まるで「こっちへおいで」と掻立てるようなその花びらが宙を舞うと、彼女がその花びらへと手を伸ばす。 その花びらを握ったと思った瞬間、風に乗ってするり、と流れて彼女の手から抜けた。 「うわっ」 彼女が珍しくバランスを崩して、議長である彼の机へと倒れかかる。 がちゃん、と水が入っているカップに、ソーサーがぶつかり鳴る。静かに、音出てては水に泡をたてた。 「大丈夫?」 彼女に優しく手を伸ばすと、それと殆ど同じ瞬間、黄色の花びらはカップの中へと舞い落ちて行く。 あんなに舞っていたにも関わらず、もう動かない。 「は、入っちゃった?」 「ああ、そうみたいだ」 ひらりひらりと、舞っていた花びらは、水にその身を浮かせた瞬間から、もう動かない。ひとふれも。 花びらの隅には泡立った水が被っていて、まるで水の中へと花を引き込もうかと寄りかかっている。 「変えてこようか?また。」 「このままでいいよ」 「……でも…」 「いいよ、このままで。なんとなく趣(おもむき)があるでしょ?」 「……そうなのか…」 こんなにこいつって、女っぽかったか…? 「でも、じゃあ新しいのを…」 「だから別にいいよ」 ねぇ、一声で彼女を呼び止めた。 「可哀想だと思わないかい、この花びら。さっきまで折角、あんなに身をまかせて飛べたっていうのに」 「まぁ、水に入れば動けなくなるだろうな」 ああ、そういう訳じゃなくて。 「もう、自由じゃないんだ」 「まるで……」 「ん?」 彼は椅子に座ると、彼女の手を無理矢理引いて、頬へと唇を落とす。 それは、まさに華。君はそうだ。 そして、僕はまるで水のように君を一生懸命に引っぱりたくて、それでも彼女の自由を奪ってる。 …ごめんね。 君は、いなくちゃならないんだ。 カップの水の泡が、一つ無くなった。 fin. ちょっとした補足ですが、泡沫っていうのは泡っていう意味と はかないさま、っていう意味があるのですが、今回は議長を泡にみたててみました。 あと、なんとなく議長は過去になんやらあって、だからとてもはかない人、そういうのも込めて彼は泡沫です。 ただ給湯室の場面だけに全力を込めました(おい UP '04/08/16 |