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どんな人たちが私たちをみているの?
どうして私たちをみているの?
だって、私たち。
ラヴィン・ユウ
「やあパイン。丁度いい時間に来たね。本当に今仕事が終わったところなんだよ」
時計の短針が指しているのは5と6の間、長身が指しているのは7のあたり。
イコール、彼にしては早い仕事の終了時間。早いといっても、そんな少しの時間ではなく軽く3、4時間は早いだろう。
「なんで今日に限ってそんなに?」
「いや、今日はイサール君が来てくれてね。書類の処理を手伝ってくれたんだよ、処理っていうか提出先の処理っていうか」
「……は?」
彼女が部屋に入った途端、げっそりして仕事をしていると思っていた彼は、きらきらとした顔で両手を広げるようにして彼女を出迎えた。
ブラック・ジョークか本当か分からない言葉とともに。
「ちょ、ちょっと待てっ!それって…」
「まぁいいからいいから。君ご飯はもう食べた?丁度夕食の時間だから久々にベベルの街で食べたいなぁなんて思ったんだけど…」
「あ、ご飯は食べてないしそれはそれでいいと思うけどさ…、一体処理ってなんだよ、まさか提出先をボコボコにしたとか…」
「まぁさか!そんなボコボコにするまで彼が手出す訳ないでしょう?」
「…ぼ、ボコボコにしない程度……?」
「ただ彼は『議長は今夜デートだから半分くらい提出明日にしてもいいですよね』と言っただけだよ」
「…で、デート……?」
ほら、また君は可愛く顔を赤くする。
「な、なんでそんな事言うんだよ?!」
「え…だって本当のことでしょう?」
「そ、それは本当のことかもしれないけど…そんな大っぴらにするほどのことじゃ……」
「じゃあそんなに大っぴらにしちゃいけないことなの?」
また彼女は恥ずかしそうな顔をして、彼の笑顔を一瞥する。そして諦めたかのようにため息を吐いた。
「だって…あんたは有名人だしさ、注目されるの私はあんまり好きじゃないし……」
そう彼女が言うと、彼は何かを考えるように口元に手を遣った。
「そうだ、じゃあいつもの僕じゃない僕と、いつもの君じゃない君だったらいいよね?」
「……?」
「そうだよね。一応君もヴェグナガンを倒した一人ってことで有名人なんだよね、うん。じゃあ着替えよう!」
「……は?」
納得したような顔で、仕事用の鞄を右手に、そして彼女の腕を左手に取ってその場から立ち去った。
「えーっと、バラライ?何する気…?」
バラライの家に辿り着くと、パインはそう言って彼の顔を覗き込んだ。一方彼はまるで何を聞かれているのかも分からないような顔をして何?と彼女に言う。
「君と僕が、いつもと違う格好なら、何も恥ずかしくないよね?」
くるり、と振り返って彼女に微笑む。
「だから着替えるって…そういうことか。で、でもあんたが着替えるって言い出すとあんたはいっつも私じゃ絶対に選ばないような服を前々から知ってたように用意して…」
以前、彼が彼女の分の服を用意していたことがあった。薄い灰色の丈が短めでぎりぎり臍が見えるタンクトップに、黒いもっと丈の短めなジャケット、そして股上が明らかに短めのベージュのカーゴパンツだった。最近の普通の女の子の服装といえばそうなのだが、彼女の趣味からすれば明らかにおかしいデザインを彼はチョイスしていた。そのときは服が上から下まで雨でびっしょり濡れてしまい、仕方なく着ることになってしまったのだが。
「もちろん君の分の服は用意してあるに決まってるじゃないか!」
「ちょ、まさか変に露出が高い服を…!?」
「まぁまぁ。それは後にしておいて。リビングのソファに座っておいていいから、僕が着替え終わるまで服はお楽しみ、ということで」
じゃあ、着替えてくるねと言ってから寝室のドアを閉めた。
「え、ちょっと!…お楽しみって……」
ついまたため息を吐いた。彼に言われたとおりリビングのソファに座ると、妙に「彼女の為に用意したという服」が入っているであろうクローゼットが気になる。
しかし、あのクローゼットには彼用の服しか入っていないかもしれないし、もしかしたら物置に使っているかもしれないから許可なしで開けることはできない。いくらもう数え切れぬほどこの部屋に来ているとはいえ、この部屋の全てを把握している訳ではない。
でも正直、前のときの彼が用意してくれたという服も、思ったよりは割と派手ではなく露出も多くなく、少しは恥ずかしかったが着るのを躊躇うほどではなかった。もう少し奇抜な服を用意してきそうだと思っていたのだが…
今回が実は奇抜だからかもしれない。前回がまるで前哨戦のような感じで控えめで、今回は前回の自分の反応を見て自分に効果的な服を選ぶ材料にしようと…
「やあ、お待たせ」
白のロングTシャツに黒のジャケットとズボン、そして―――バンダナはなく、長い白銀の前髪が鼻のあたりまで掛かっている。
何故か下ろされた前髪が妙に色っぽくて、迂闊にもどきっとしてしまう自分が居た。
「…なんか、あんたが普通の格好してると変な感じがするな」
「失礼な。一応僕だってまだ20なんだけど」
「なーんか胡散臭―」
「まあ、僕は置いておいて、君が着替えなくちゃね」
彼はそういって、さっきまで彼女が睨んでいたクローゼットに手を掛けた。
「これ、なんだけど…」
彼がハンガーごと渡した服は思った以上に奇抜じゃなくて露出は高くなくて嫌いなデザインではなくて―――むしろ自分が憧れていたような、真っ黒の服。
「……、これ本当にあんたが選んだのか?思った以上に露出が少なくて…」
「君の肌は僕だけが見れば十分」
彼女の耳元で囁くと、また彼女は顔を赤らめて急いだように着替えてくる!と言ってバスルームに行ってしまった。
真っ黒の服。右肩から緩やかに襟刳りは下って左の二の腕に繋がっていて、左肩は曝け出されている。指の付け根が見え隠れする程の袖の長さ。腹辺りにはゆとりがあるデザインで、自然に生地が段を作る。スカートもまた黒で、少し短めではあるが、いつもの彼女の服に比べればどうってことのない長さのタイトなミニスカート。
どこかで見覚えのある服。どこかで見たことがあるような服。
バスルームで自らのグローブをはずすと、そこから出てくる光景は分かっている―――偶然なのかはたまた必然なのか、真っ黒のマニキュア。
「あいつ…私のことどっかで観察してないよな…?」
否定できない自分が居た。
「やぁ着替えた?!」
バラライがノックも無くバスルームの扉を勢い良く開けた。
「ちょ、なんでいきなり……」
「うん、サイズは合ってるよね」
バラライが彼女の周りをくるくると回りながら彼女の服を見つめる。
「もしもまだ私が着替えてたりしたらどうするつもりだ?!」
「え、別にどうもしないじゃないか」
「あ、あのなぁ…!」
途端に彼がパインの腰辺りを掴んで抱き寄せる。
「よく似合ってるよ、パイン」
まるで枯れてしまいそうな、掠れた声で耳元で囁く。
全身に電流が通ったかのように体中が一度麻痺すると、途端に唇が重ねられた。
ねっとりと、甘く深く。
うっすらと瞼を上げると、それに気づいたのか上目遣いの金のいろの瞳が彼女を見つめている。
「いつも」と変わらないそのいろ。
「んっ」
出来る限りの力で彼を押しのけると、急いでバスルームから出て行く。
「ゆ、夕食食べに行くんだろ?!」
そう言ってどたどたとリビングへ向かった。
「ねぇ、あの人ってバラライ議長じゃない?」
「え、そう…?なんかいつもと髪型が違うような…あ、でもそうだ」
「隣に居るのは?」
「あれでしょ!なんか週刊誌でも話題になってたじゃない、ユウナさまと一緒に居たスフィアハンターの人じゃない?」
「え、あの人スフィアハンターなの?!信じられない!」
「どこかのモデルかと思ったよ。だってあんな服似合う人なんてなかなか居ないじゃないか」
そう、そのつもりで買ったんだ。この服を。
普通だったらこんな服が似合うなんてありえないんだ。色自体は黒しか使ってないのに、形がいろいろと難しくてボディラインが出てしまうこの服が。細すぎてもただみっともなく見えてしまう。なかなか様にならないんだ、この服。
この服が発表されたショーでも、そのモデルしか似合わないような印象にしか取られなかったのに。
そう、君には似合ってしまうんだ。
君に見惚れてしまう男が居ることはしょうがないことだから、僕は美しい君をいかに美しいのか、いかに僕の恋人が素晴らしいのかを見せるためにこんなことをさせてしまうんだ。
「なんか…」
「なあに?」
ベベルの市街地を二人で歩く。
「私たち、もしかして見られてる?」
「ん…、どうやらそのようだね」
彼ら自身にも分かっているのだ。自分たちがどっちにしても目だってしまうということ。
彼は身分故に、彼女は隣にいる人故に。
「どうして…なんだろうな」
「…なにが?」
「ねぇ、どうして私たち」
怯えたような目で、彼の目を見た。
―――どうして、私たち
ぎゅ、と彼のシャツを掴む。
彼がふと、周りを一瞥して、彼女の手を握り返す。
そして、その手を引っ張り上げて、唇を重ねた。熱く、甘く。
彼女もまたシャツを引っ張って彼を引き寄せる。
彼がいとおしげに、彼女の髪を撫でた。
きっと周りでも、わっと驚いたように僕らを見ているんだ。
議長である僕と、美しい「少し有名な」女性の、愛し合っているこの姿を。
別に僕はこの姿をどう言われようと構わないんだ。
いつだって、抱き合っていたい、愛しい人を抱きしめてあげたい。
だって、私はただあの人を愛しているだけ。
fin.
どうしてもこの題名が使いたくて作ったお話。
up 12.24.06