甘い甘い赤色でもなくて
カワイイピンクでもなくて
でも暗い黒い色でもなくて




恋は水色




「あぁー、うぅー」
マキナ派の中心地、ジョゼ寺院のとある一室。何人かの人が居ながら、その中で一人、床に突っ伏していた少女が居た。
とある一室、と言っても、一般的に名前を直せばキッチン、台所、厨房、といった類に属する部屋である。ただ、違うところはさすがマキナ派、考えていることが違う。
フライパンにコンロ、換気扇ではない。まるで試験官のようなガラスの筒が繋がっていて、その筒の中では赤や紫など今にも化学反応をしている、と語っているようにブクブク沸騰しているもの、怪しい色の煙が筒と筒の隙間から漏れていたり、実験室のように見える、が彼らは実験室ではないと言い張る。
コンロは一瞬にして高温の炎が出てほんの数秒で水を沸騰させることができるし、泡立てなどはそこら中にいるマキナに頼めばやってくれるという、なんと進んだ技術の集まった部屋なのだろうか。

けれど、この一室にいる彼女らは一体どれほどの期間この一室に閉じこもっているのだろうか。
かれこれ一週間、否、それ以上かもしれない。
目の下にはくっきりとしたクマを貯え、手を握る力は日に日に弱くなっている。
充満している甘い匂いとは裏腹に、充満している分だけ彼女らの睡眠時間は削られているようなものだった。
甘く白い生クリームに、丸い形のスポンジケーキ、真っ赤な苺とチョコレートクリーム。
机に並べられたこれらから分かるとおりに、彼女らは一週間以上前から数え切れない程のケーキを作っていた。
ある日の為に。


皮肉にも、彼女らをこんな場所へと追いやったのは彼女らのリーダーの所為だった。
通称・「寒いのだから騒ぐべきだ祭」をやろうと言い出したのも彼だったし、主催するのも彼率いるこのマキナ派。遂には「みんなにケーキを配ろう!」と言い出した彼に逆らえる訳もないし、何といってもアルベドはお祭り好きであったし、それに個人差はあるが、驚くほど手が器用で、ケーキを作らせれば他のどの種族よりも綺麗に、おいしく作ることができた。だからいいだろう、と言ったのである!
ということで、全てこの事は彼の所為だと誰もが言い切れるだろう。

「そのスポンジにクリーム塗ってー」
「…うん、分かったぁー」
「じゃあそっちのチョコケーキ、あのチョコの飾りをー」
「えっ、あっ、ちょっと待ってー」
辺りをアルベド語が飛び交う中、やはり彼女はまだ床に突っ伏している。
ベチャ、と盛大な音が鳴り、辺りが静まり返る。彼女がふと顔を上げてみると、本当に本当に数ミリ先を行ったところ、目前に出来上がった貴重なショートケーキがぐちゃぐちゃに潰れて、気付いてみれば彼女の頬にも生クリームが飛び散っている。
ふと、嫌に震えている手で自分自身の頬を触ると、べっとりと付着した、憎らしいほど甘い匂いを漂わす真っ白のクリーム。
「…」
「……」

辺りは顔面蒼白。
理由は彼女の頬にクリームを付けたことではなく、大量にはあるものの期限が間近に迫っていた。
もう、一つ一つのケーキをまるで宝物のように作ったら丁寧に運び、そして丁寧に保管しておく、そんな彼女らの作業が行き届かなかった場所での一つのミス。
「だっ、誰だーっ!!!」

「しょうがないよ、材料ならまだあるから作ろうよ。リュック」
彼女の前に出て、ぐちゃぐちゃのケーキを片づける。はぁ、とまた彼女は大きな溜息を吐いて、むっくりと立ち上がる。
「やっぱ、やるしか無いんだよねぇ」
軽く欠伸、伸びて少しストレッチ。彼女が、再び何時間ぶりかにクリームをかき混ぜる。
彼女が言う、には
「ケーキは全部手作りで作らなきゃ駄目なの」とのこと。


「お…わ……」
「終わったーっ!!」
この瞬間に、その部屋にいた全員が床に倒れ込む。
同じ建物内、大広間内にいた、その祭用のマキナを開発していた男性群が驚いて何があったのかとその部屋を見に行けば、先程まで今にも死にそうな顔をしてケーキを作っていた女性群がさっきとはうってかわって幸せそうな表情をして全員が全員床に倒れていた。



「どしたの?みんなはもう寝たでしょ?」
何かとマキナ開発、ケーキ作りというまるで住み込み状態で作業している多くのマキナ派(&アルベド族)の為にいつもの作業室を仮眠室へと一時的にリフォームして、その内の一室から彼女が出て来る。
サラリと伸びた金髪の髪の毛が、薄い暗闇でも映えた。
石畳に鳴らされた足音が、何度も何度も静かな部屋に反響して響く。
「まだ上手く一つできてなくてよ、何か違っててな」
「ギップル……」
心配そうな彼女の表情を彼は気に留める時間も無く、そのままカチャカチャと形にならないマキナの内部を触っている。
何か、吹っ切れたように表情を変えた彼女は、部屋から足早に出て行くと、すぐにまた帰ってきた。

「……そ、それって…キャンプセット……」
「うん、そうだよ」
ガチャンガチャンと広げたり伸ばしたりしながら折畳式のテーブルを用意、そして同じ様に折畳式の椅子を広げると、再びまた大広間から彼女は出て行く。
「あー、一体何が…」
「はい、持ってきたよーっ!!」
どすん、と大きな音を立てて、テーブルの上に置いたのは走ってきたからか、少し歪んだ形のショートケーキ。

「やっぱ甘いもの食べなきゃアタマだって動かないでしょ?」
フォークも二つ、置いて二つの皿に振り分ける。
「はい、どーぞっ」
ばーん、と両手を広げて一つの椅子に彼を案内するように導くと、ケーキののった皿を彼のもとへと置いてフォークも揃えて渡す。
「あ、ごめん」
「いいのいいのーっ!」
そして、二人で向き合ってケーキを食べる。いきなりの事で少しではあるがほんのりと彼が頬を染める。


「ごめんな」
何気ない話、皿に当たるフォークの音が途切れて静まりかえったその瞬間に彼の低い声が言う。
最初は空耳かと聞き流そうとしたが、彼の動きがあきらかにどう見たって止まっていたものだから、彼女も空耳では無いのだと確信する。
「ごめん……って、何が?」
「無理矢理、おまえらにケーキあんなに作らせたこと」
がしゃん、と彼女がフォークを皿へと落とした。

「何で…、だって全然ギップルは悪くないじゃん…?それに…、あたしはあたしなりに良いケイケンっていうのしたしっ!」
馬鹿だね、あたし。別にギップルを庇う理由なんて無いのに。
「やっぱ、みんなもケーキとかっ、あった方が喜ぶでしょ?」
それでも、なんかギップルが悪いとか、そういうことは思いたくない。
「ねぇ、ギップル…?」
きっと良い未来が待ってるはずでしょ、
だってこのことも、ギップルが一生懸命考えてたことも知ってる。
あたしたちだって大変なメには遭ってるけど、一番苦労してたのは……

「……ありがとな」
「…うん」
少し苦笑いした彼に、何故か彼女は納得が行かなくて、フォークに刺したケーキの一切れを彼の口元に持って行く。
「ねぇ、もっと元気出さなきゃいけないんでしょ?お祭り騒ぎしなきゃ。」
「そうだな」
いつもの彼の表情に戻り、安堵の顔を彼女も見せる。
昨日よりも負けてちゃ駄目、
立ち止まれないんでしょ、本番は明日なんだから。


「……そういえば、書類あったんだった…」
先程の彼女の様にガックリとうな垂れて、現実に戻されたような彼の表情。とても積もりに積もった疲れの所為か、いつもよりも彼のテンションが低い。
「そんなのすぐ終わっちゃうでしょ?」
「俺はどっかの議長さんとは違うんでね」
どっかの議長さん、というのが指すのはもちろんかつての彼の仲間であった現在新エボン党の彼。
「でもなんかの紙切れ一枚なんでしょ?」
「お前も甘いなぁ」
「なっ、何さーっ!」

数枚の紙を出してペンを握る。
「スピラ文字で書かないといけないんだよ、気ィ抜くとアルベド語で書いてるからさ」
へぇ、と彼女が納得したように頷くと、うーんとまた一呼吸考えて言った。
「でも、ギップルは2つとも書けるだけまだマシじゃん。あたしはスピラ文字は読めるだけ」
「だからなぁっ!」
分かってないな、とまるで諦めの表情な顔を見せる。それがやはり彼女は気に入らないようで。
「ヌージもバラライもパイン先生も、スピラ文字もアルベド文字も書けるんだよ…」
「……ふー、って、ええっ!?」
意外な、意外すぎる新たな真実。
「ちなみにバラライはベベル出身だからなぁ、エボン教典文字っつーのも書けるし」
「……なんか、意外に全員凄いんだねぇ…」
驚いた表情をしつつも、やはりケーキにフォークを刺して口へと運び続けていた。
その無意識のうちにやっている彼女に、心の中で彼が拍手を送った。
「全員、なんか文字の憶えが速すぎてなぁ、ってゆうか俺が一番頭悪かったっていうか」
「…悪いっていうか、普通でしょ?あとの人たちが良すぎるだけで」
あははー、と笑いあう二人の顔は微妙に引き攣っている。
さすが、本土に住んでる人はちげー、と内心二人とも同じ様に思っていた。

「そういえばさ、一番最初におまえが作ったケーキって」
何かを思い出したかのように彼が口に出すと、彼女は嫌になるほどニッコーと笑って言う。
「うん、水色だったよ」
「……確か、サイダー入れたんだっけ?」
うーん、と考え込んでああ!と頷いた。どうやら、やはりそうらしい。
「それに葡萄も入れたんだよ。」
「そうだったっけ」
昔の彼らのお話。
後日何故か彼もまとめて怒られてしまった彼女が作ったケーキというのは
今まで有り得たのだろうか、水色のクリームのケーキだった。味は危険だから、と確かめなかったのだが、
見た目は結構綺麗な空色のケーキだった。トッピングにはそこら中に生えている蒼いベリー。
歪んだ形で、お世辞にも綺麗な形だとは言えなかった。
けれど、どこか愛嬌があって憎めない、彼女らしいケーキではあった。…食べることは出来なかったけれど。
「ね、前よりは上手になったでしょ」
ニコニコと笑いながら話し掛けて来る彼女に、赤らめた頬を隠して下を向いた。


「生クリーム、付いてんぞ」
「え?」
口の回りを手で触っても、行き当たらない。反対側を触っても、あのねっとりとした感触はない。
「どこ?」
「そこじゃない」
ぎゅっと彼女の細い腕を握って引き寄せた。
「ここだ」
彼女の左頬についた真っ白なクリームを、その舌で舐め取った。
一瞬、彼女は何もかもが理解できずに、そのまま時間が止まっているような錯覚に陥る。

「…可愛くなったな、お前も」
「…はぁっ!?」
そっと彼女の顎を掴んで、生クリームが少しついた唇で彼女に口付ける。
「―――――っ!?」
何がなんだか、全てが理解不能で知る由は無し。
機械的に言えば取り込み不可能確立100%。
「はい、ごちそうさま」
がらっと、椅子から立ち上がって仮眠室へと歩き出す。
「ちょ、ちょっとぉっ!」
くるりと少し振り返って彼は微笑むと言う。
「甘かった、だろ?」
「へっ、変態っ!!」

彼女は力無く床へぺたりと座り込む。
真っ赤になった顔を手で包み込むと、もう寒いはずなのに熱くて火照った頬。
そして、甘く残った生クリームと、彼の匂い。

少しは近づけたのかもしれない。
あたしと、アイツの距離は。


まるで、あたしはあのケーキみたいで。
歪んでて、飾りなんて殆どなくて、
頼るモノなんて殆ど無いし、好きになってくれる人だってなっかなか居ないし。
でも、そんなあたしはその空色ケーキにそっくりなの。
歪んでてもね、本気の気持ちだったの。
あたしだけのカタチ。

全部それに喩えれるって言う訳じゃないけど
だいたいのことが、きっと空色ケーキみたいな感じ。
だからね、もしかしたら全部かもしんない。
あたしの生き方、あたしの心も、あたしの―――…

恋は、水色。




fin.