ずっと聞けていたらどれだけいいか
まるで溶けて行く言葉たちと
そのとき、眼に映る優しさと愛情


消流紅




風に乗せたなら、伝えたいことだって言えるのかもしれない
確かな真実も、確実な言葉も要らない。
ただ、心を伝える最小限の言葉を教えて
私がいつも聞いている誰もを傷付けないで、
いつまでも消えない強さと、優しさを持ったまるであなたの言葉のような。
瞳を閉じて。ただ、今は隣に誰を感じているの。それを「ある一人」に定めて
今、目を開く。



高い秋の空から、優しい陽の光が差し込んだ。瞬く度に睫の隙間から輝く光の強さは痛い程ではなくて。
頬には冷たい風が零れる。彼女が眉間に皺を寄せて見たのは、遠くまで続く空の色と、彼の明るい髪の毛の銀の色。
かさり、と摺り鳴ったのは木々の葉の一枚と一枚。間から垂らされた光の淡い波も、陽の物。
「バラライ…、いくらあんたがここが気に入ってるからって、暇なときに毎回行くっていうのも…っ」
目覚めて小さな欠伸をすると、しっ、と人差し指を口の前に立てて顔を見る彼の顔と、それど同時に映った木に付けられたような先の紅い広葉樹の葉。
「鳥、逃げちゃうでしょ」
「とり……」
口の前に立てている指で、一方向を指差した。この辺りでは貴重種の、決して鮮やかとはいえない色の小さな鳥。かつて、スピラ北部に大量に生息していたと言われるその鳥は、近頃どこに行っても見かけられない。
彼のお気に入りのベベルの裏庭。小さな湖と、大きくて何もかもを包み込むような木、そして少しばかりではあるが巣を作り生きている小動物たち。水を広げたような、空色。

影は確かに芝生に染み付いているのに、その鳥は飛び去った。余韻さえ何も感じさせないのに、そこを虚しく風が吹いて舞い上がった。
もうすぐその身を落とそうとしていた先の紅い葉も、吹き上げた。
「逃げちゃったね」
そう言って彼女に話し掛けると、ふっと彼女はそんな彼から目を離して葉が吹き飛んで行った何処かへ目を向ける。彼女の紅い瞳の追った先には、白く、少し濁った雲。
「あ、ああ。そう…だな……」
そして鳥たちが連なり、その雲の下を飛んで行く。
まるで白い雪についた小さな足跡のように、点々と、黒く通り過ぎた。雲も鳥たちも動いていくのに、
動かないその笑顔がまた彼女の憂い。
憂いは、蒼し空よりも、紅き葉よりも。

ただ変わらないことだけを抱えて、
それでも意味があるのか心配になる。


横になっていた身体を起こして、立ち上がる。
無力で何も出来ない右手を伸ばして、何かを思い返したように、顔を彼に向けた。
「ねぇ、バラライ…」
彼はいつものような相変わらずの表情。微かに迷ったような表情が少し混ざっていたのか、自分でも気付いていない。彼女なら、気付いているのかもしれない。
また一枚、葉が木から落ちて流れる。もう芯まで真っ紅になった葉が、すぐ隣の木の先から。
「何?」
するすると、口から零れて滑って行く言葉に、耳を傾ける気もない。
自分の言うことなんて、聞く必要なんて無いのと等しいと思っていたから。
でも、いつもと違ってその目を迷わせて悲しむ目と、もう私には向けない瞳の先とが、
私の後悔と哀しみの全て。
今、何処にいるの、何を考えているの、
もう一度、その言葉を言って…「僕は君を愛している」
ジンっ、と響いて残ったのはただその一言だけ。



聞こえない…何も聞こえない!
何だって覚えてない…何の記憶だってもう戻らない……
返ってきて、私の想い、感覚、今見た瞬間だって…何もかも全てを
いつもなら、強く殴り付けられたように心に結び付けられる言葉と、その強い眼差し。
いつもどれだけのその強さに慰められたのか、考える必要なんて要らない。
また、泪を堪える。

前を向いた頃には気を失ったかのように膝を折って前へ倒れ込む。
彼が駆け寄って、腰に手を廻すと、一瞬でどっと掛かる力の無い彼女の身体と、眠って閉まったように閉じた瞳。そして耳元で懸命に言う、掠れた彼女の声は風に溶けて行く。
いつだって彼女の言葉を、聞いていないことなんて無かった。
記憶の中、どれだけ探しても彼女がそう言った憶えなんて…そんな記憶は見つかりもしない。
まるで、彼女じゃないみたいに。

「……ごめん…なさい……っ」
最後に力なく彼女が言った一言に、耳を傾けた頃には、もう彼女の意識はない。
けれど、確かに間違い無く聞こえた一言は
「大好きだった」

心が叫ぶ。その震えだけで、自分の扉がカタカタと音を立てる
まるで、ここから逃げ出したいのだと望むように
まるで、新たな自分がこの場所へ辿り着くように


私がさっき言った言葉は何だったかな、
思い出したいのに
思い出せない
紅い葉がすべてを隠すように
私の頭上で揺れている

思い出させて、合間をぬって吹いた風、流れる葉
もうこの瞬間は戻ってこないから、私が出来た唯一のことは思い出すだけだったのに
それすらもできないなんて。

もしかしたら、思い出してはいけないのかもしれない
記憶の糸を手繰り寄せて、淡いときの瞬間を引いてしまったのなら
流れる紅色が消えて行くのだろう
あの優しさ、今の言葉、
私の思い出も、一緒に。



優しさは幻想のように
言葉は泡沫のように
いつまでもこの胸にしまっておきたい
ずっと大切にしていたいと思うのに
どうして知らぬ間に消えてゆくの




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UP '04/11/07
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