本格的に整ってきた行政機関だったり文化向上的な機関だったりが入り乱れ、
第一次産業、第二次産業が極端に多かったこのスピラにも、
きっと近いうちにほとんどが第三次産業が占めようとしている世界のほんの一瞬。

そんな今までは有り得なかった対人関係なんかが存在してきたり、
近所同士のコミュニケーションが絶たれつつあるこの世界には
なぜか尊い存在とそれに魂を尽くす存在だけは変わらない。




偶像崇拝の手引




 彼女のかつての仲間が言っていたとおり、先代のスピラ三大組織が解散し長たちが旅を始めていた。しかしそれは間も無く終わってしまったと言う。どうやら古い世代の若い世代にこの世界を継がせる役目をになっている(と勘違いしている)人々がそれを引きとめたらしく、またまた三人は政治だったり研究機関だったりの手配でスピラの大きな渦の真っ只中に逆戻りしてしまったらしい。結局は三つの勢力は一つに統合され、『政府』という形がとられていた。
 ミヘン街道の辺りにはどうやら大きな化学・医療研究機関が急ピッチで建造され、マカラーニャにも地学天文研究所、ザナルカンドにもその地の歴史の深さを行かしてか歴史研究所が建てられたらしい。
 ビサイドにいる彼女の耳に入ってくるのはそんな話で、ここビサイドには全くもってそんな変化の波がくる兆しはない。
 ただ、ルカにブリッツボールの大会に行って帰ってくる彼の土産話を聞いているだけだった。

「リュックも大変みたい。マキナ研究班?とかいうのの副リーダーしたり、それにマキナ研究所の方にもよく講師ってことで行ってるし…」
 隣で服にしっかりと浸み込んだ水を絞るティーダに愚痴るように彼女の仲間の現状を語る。
「あのリュックがねぇ…、で、パインっていう人の方はどうなんッスか?」
「あ、パインは三機関総合第一秘書っていうのやってるみたい。どんな仕事なのかはよく知ら…」
 隣のティーダの水を絞っていた手がその瞬間に水を絞りきって震えている。その顔には少し引きつった口元と驚いた表情が貼り付けられていた。
「……」
「…どうかしたの?」
「いや。ホント、ビサイドはなんも情報が入ってきてないんッスね…。三機関総合秘書っていうのは『政府』のリーダーさんたちの間をつなぐ人で、仕事もできれば信頼もあって頭がキレる人だけがなれる、今じゃ最高になるのが難しい仕事で、リーダーさんたち全員の推薦がなくちゃなれないらしいッスよ」
「……」
「しかも第一ってことは最高責任者ってことで…」
「…最近スフィア繋がらないと思ってたらそういうことだったんだね…」
「ま、血筋だけじゃ選ばれない制度になってきてるから実力っつーのがあればできる人はできるんだけど」
 そんな大変であろう彼女の仲間達の現在とは全く逆の世界であるこの島ではただ海の漣が終わり無く繰り返されているだけだった。


 いつものように、ワッカとルールーの家で夕食を食べ、その隣の彼女自身の家でベッドの上に横になっていた。
「今も、二人とも働いてるのかな?」
 正直あの二人が真剣に働いている姿は想像できないのだが、投げ出すことはまずしない二人なので、きっとその思い描けない姿で二人は今働いているのであろう。しかも二人は仕事が仕事なだけに、今どこにいるのか予想もつかない場所にいるのだろう。ずっとビサイドで毎日同じような繰り返しのなか彼女は暮らしている。
「私って、何にも変わってないのかな?」
 満足しているはずなのに、なぜだかそのことに不満を抱いていない、ということを肯定できない自分もいる。

 宙に手を伸ばす。毎日丁寧に切りそろえ薄いピンクのマニキュアが塗られた爪が、月の光を受けて艶を出している。窓から見える月もいつもとほとんどかわらない。隣を流れる雲が、静かにビサイドを通り過ぎてゆく。
「なにも、どうせ私にはできないのかな」

少し不安に思う。
ちょっと前までは共に行動し、同じような運命を共にした二人だったというのに。
今じゃ、全く違う人生で、もともと全く関わりの無かった人のようだ。
決して、道を間違えたわけでもないというのに、どうして時間は人をこんなにも変えてしまうのだろう。

そのまま握った指の隙間から、月の光がこぼれてくる。掴んでもいないはずの月から流れてくる光は目を細めてしまうほど眩しい、今日の月はまるで太陽のようだ。

私は、変化を求めて変化を拒絶したのよ。


「こんにちは、ユウナさま」
「こんにちは。今日もまた寺院の方へ?」
次の日の昼ごろ、特にこれといった予定もなく、村の中をその体に風をしみこませる様に背筋を伸ばしながら歩いているときのことだった。目の前を歩いていたのは、昔から顔をよく知っている六十付近の年齢であろう女性。
「ええ、毎日お祈りのしないと一日が始まらないんです」
「でも、何か日課があるっていうことはとても有意義で良いことだと思いますよ」
無い人よりか、は。

「ユウナさまは最近お祈りされていませんが、何故ですか?」
「え…」
理由なんて特になかった。元々生きがいというほどエボンを信じていたわけでもなく、二年前のいろいろなことで、前までは崇拝の対象であったエボンは今やただの「過去の人」という存在にすぎなかった。
「…私は、……前のことをあんまり思い出したくないんです。『シン』のことだとか、思い出すだけで悲しいので。」

そういえば、この前ビサイド寺院に訪れている老夫婦が熱心にお祈りをしていたのを見た。
その時は特になんとも思わずに、その「違和感」を感じつつもただその様子を見ていただけで、後から
「どうしてこんなに祈るのだろう」と漠然と思ったのだった。


寺院の中にある書物を見ても、どうやらいろいろな崇拝されていたものが、スピラには幾千とあり、新しいものができては消えてゆく、の無限の循環が続いていたらしい。でも、内容はほとんど一緒。
「自分でなんともできないように思えることを、自分より偉いであろう大きな存在に願い請う」

誰なのだろう、自分より大きい存在というのは。
自分が決して自惚れている訳ではなく、「全員平等」が合言葉のようになってきたこの世界で、そんな格差のある人間が存在しているのだろうか。
対等であるからこそ、そこに信頼を寄せ、信じることができる、愛することができる。
対等でなければ、そこには憧れだとか、愛の無い感情が転がっているだけだ。

何故人間は対等を望むくせに、自分よりも大きな存在を祀り上げるのだろう。
きっと…今の状況に納得したくなくて、誰かが解決してくれることもあるのだ、と信じたいだけ。

本来なら自分で解決することなのに。



そうか、私は。
自分の存在を、身近な「偶像崇拝」に重ねて、その少しの小ささを、感じていただけ。
その対象ではないはずの存在に、私が勝手に「下になりたくないから」と廻りに異常な目つきで見ていたのを、気づいていなかった。




fin.