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「そんな暇ないっ!そんなことやる暇があるならこっち!」
「頑張るなー、パイン先生」
「誰だよ、こんなことやるって言って何も行動しない人たちは!妙に私の仕事が多くなってイラついてるんだ!」
「落ち着いてよパイン。そんなイラついて作業したって効率悪くなるだけだよ」
「あっ、ごめん」
「……くっぁ、っ…」
「ぬ、ヌージっ!!」




常識と真実と誤解




スピラの中でも前代未聞の異例の出世をしてしまったパインが現在居るのは元、青年同盟本部の会議室。
「三機関総合第一秘書」
つい先日あてられた役職名はそのような窮屈な名前の役職だった。

彼らでスピラを廻ったあと、すぐにエボンの昔の権力者であったと思われる老人、それに今が全盛期の青年が彼らを見つけ、彼らにこう頼み込んだ。
「三人で再び合同の機関を作って、未来のスピラを貴方たちでつくってください」
信頼はある、実績もある、経験もある。……しかし、それを求めていない自分達がいたのも確かだった。

『政府』はそんな三人が頼み込まれて作った機関だった。彼らは自分達が、こんな気持ちで作った機関だから、とすぐに転覆すると思っていたが、何と言ってもついこの前までは「青年同盟」と「新エボン党」と「マキナ派」だったようなものであり、絶大な支持を受けた。
しかし、どうしても新しいスピラのしくみだということもあって、各派で意見も分かれるため各派ごとで役割分担をするが、今度は各派内でも意見が纏まらない。
そのときに用意されたのが「三機関総合秘書」だった。
それぞれの派の代表者が集まって会議をしたら、その内容を『政府』最高会議である三人の会議(大半は雑談で終わる)に持ち込まれる。民間の中で最高の役職であるこれに、パインが任されたのであった。

申し分ないほど働いてくれる彼女に、見たことのない一面をみた、と毎回驚いたような顔で彼らは彼女に目を向ける。そうして「はやく働け」と彼女が彼らに仕事をしろと促すのである。
そして、つい先日企画されたのが「『政府』組閣記念パーティー」である。
各機関フル活動、イコール彼女の仕事が大変になるのである。今まで仕事という仕事をしたことのない彼女にとって、とてもつまらないものでしかなかった。

「大丈夫かっ!ヌージっ、ヌージっ!!」
どうやら彼女が躓いて倒れたヌージの杖がヌージの古傷に勢いよく当たったらしく、酷く眉間に皴を寄せている。
「さぁさぁ、仕事だ仕事っ!まだまだ仕事はたくさんあるぞ!」
「それひどいんじゃねーの?パイン先生。お・に・い・ちゃ・ん・に・さ!」
「…誰も好きで妹になったわけじゃないぞ、ギップル。……まぁ、ごめん」
「…あぁ、気にするな」
 先日に来たテレビ局のアナウンサーに「ところでパインさんとはどんなご関係なんですか?」と訊かれ「元戦友です」ともいえず、彼女が答えたのが「ヌージの妹です」という答えだった。
 それがスピラ中に放送されてしまい、知人たちに言うのがとても大変だったのはまた別の話。


「で、会場は…」
「先日ベベル付近に見つかった水中ホール。壁画の清掃もバッチリ、料理もね。」
「警備員の元青年同盟の奴らならもう全員配置につかせたぞ。」
「交通なら元マキナ派のホバーを総動員で動かすから任せろ」
一度話が順調に始まってさえしまえば実はとんとん拍子で進み、終わってしまうメンバーである。
「会場、警備員、交通関係、食事は全部もう準備済みなんだな。じゃあ…」
「よーし、解散だ!今日の深夜までに飲みつぶれるなよっ、じゃあなー!」
「俺も行くぞ。この部屋の片付け宜しく」
「はーい、おつかれさま、みんな」
「おい…おまえらな…」
そして順々にギップル、ヌージと会議室から出て行く。

「あ、パイン。三階の会議室の隣の更衣準備室と僕の家の鍵。更衣準備室には…あとでユウナさんとリュックさんたちが来て、もともと党のパーティー用に用意されたドレス選んで着替えるらしいから、君もそこから選んで着てみて。」
「あんたの家の鍵は?」
「どうせ会場から抜け出すつもりなんでしょう?それなら僕の家に来てよ」
「…あんた自惚れてるだろ……」
 バラライから受け取った二つの鍵をチャラチャラと鳴らす。
「でもさ、私なんかが着ても良いドレスなんかあるのか?」
「もちろん。その中のだったらどれでも着てもいいよ。本当だったら僕が用意してあげたかったんだけどね」
「…、あんた言ってて恥ずかしくないのか」
「ん?…確かに選んであげれなくてちょっと悔しいけどね」
「……あんた馬鹿?」
「でも見たいのは……君が見せたい姿で来て」
 ヌージが開きっぱなしにしたドアのノブに手を掛ける。
「愛しい僕に見せたいドレスでね」
「っ……馬鹿っ!!」


「あ、パイン~っ、久々っ!」
「あぁ、久々」
「正直ビックリしちゃった。私以外はみんな大変になっちゃってるし」
「それにパインはヌージの義理妹だし!」
「あー、だからそのことは言うなって」
 先ほどバラライが言ってたとおりに、ユウナとリュックが更衣準備室へとやってきた。準備室の前で待っていたパインの元へ駆けてきて、世間話で会話がはずむ。
「あ、もう時間そんなに無いみたいだし、入れよ」
「ホントに、党のドレスなんか着ちゃってもいいの?」
「ま、借りられるものは借りちゃおうよっ!はい、お先~っ」
「あっ、ちょっと待ってってばっ」
ふ、と変わらないままの2人を見て、これからたくさん仕事があるというのについ微笑んでしまう。
きっと2人の思い出の自分とは全く変わってしまった自分を、受け入れたいのか受け入れられないのかも分からずに。

「これとか超かわいいんだけどっ!やっぱ塔のヤツは高そうで豪華なのが多いねぇ」
「すごい綺麗だね…、あれ、パインは着替えないの?」
「あ、ああ。ちょっと時間の関係で…あとから着替えなきゃいけなくて」
…、というか本当にアイツの所為で着れるものも着れなくなっちゃっただろ……
「でも、あたしパインがドレス着てるの見たいな」
「なんか見てない間に変わっちゃったしね」
「…ま、イイコトしてるってことよ!」
「ば、馬鹿っ!」
でもさ、本当に2人は昔と変わらずに可愛いな、と思う。
私とは違って、こんなに可愛いものだとか、好きな人を本気で好きで素直になれるんだから。

 結局ユウナは水色のシルクのワンピースドレス、リュックはハイウエストの黄色のフリルのドレスを着て会場に向かった。
 このパーティーには基本的に出入り可能で、もちろん今人気ナンバーワンの「ビサイド・オーラカ」のエースの「彼」も招待され、イサールやドナなどのユウナの知り合いも大勢来るらしい。


「結局、私はどうすればいいんだよ…」
 2人が居なくなった、ドレスが大量に掛かったクローゼットの前で、そのドレスと対峙する。
 前々から、着るならこれ、と決めていた黒のシンプルなワンピースドレス。飾りも何もついていない、ただ真っ黒で深くスリットの入ったシルクのドレスだった。
 「愛しい僕に見せたいドレス」、その台詞が頭の中をめぐっている。そのことを考える度、あいつにドレスを見せたがってる女くさい自分がいる、と、明らかに以前と違う自分が居るような気がして恥ずかしかった。
「馬鹿野郎」
 ポケットの中の彼の家の鍵を覗き見ると、ため息を吐いてその場から立ち去った。

 もう行き慣れてしまった彼の家のドアの鍵を開け、居間のソファへと倒れこんだ。
 目をつぶって今の思考をまとめなおそうとしてもさきほどの台詞を言い放ったときの「愛しい僕」の顔が思い出されて顔を赤らめる。
「…、…風呂でも入るか」
 そう言って、浴室へ向かい、蛇口を捻るとお湯が噴出す。ただ、何も考えず自分の映る水面を見ているだけでいつの間にか浴槽からお湯が溢れていた。

 思わずため息を吐いてしまう。
 良くそうに入り、薄紅色のマニキュアの塗られた指と足の指の爪に目を運ぶ。
「…私って、そんなに変わったのか……?」

見せたい姿。
…、そんな姿、自分で考えろって言われたって…分かるはずもない。


正直、本当にさっきの二人は可愛いな、と思う。
ユウナもリュックも、自分の綺麗な姿を見せたいと頑張っているそんな姿が本当に健気だと思う。
前の私には、きっとそんなことは限りなく縁遠かった。
けれど、あいつに染められた私は、少しかもしれないけれど、そう思っている私が居る。
そんな、変わってしまった私。
変わらない私。
……そんなすぐに変わってしまう私を、いつまでも見てくれるのか?

「ねぇ、私にはわかんないの。だから決めてほしいのぉ」
ルカに住んでいる私は、外に出るたびやっぱり何組かの恋人達を見る。髪の毛を綺麗に整えて、念入りにメークをして綺麗な服を着たそう言う女の子。
 よく見ると少しリュックに似た女の子で、メークしなくても十分可愛いと思った。

 ただ、その子自身が可愛かっただけじゃない。
 本当に、すごく可愛かったんだ。恋人に本当の気持ちを伝えたいと思っている彼女が。


「変わる前の私」も「変わってしまった私」も両方とも見てほしい。
できるならば、有りの侭の自分の姿を受け止めてほしい。

 可愛いなんて思われなくてもいい、嫌だと思われてもいい。
 でも「この部分だけ」なんてことは嫌だ。
 私の「すべて」を、一度でいいから見せたい、できるならあんたに。

あんたは私の「すべて」ではない
だけど居ないと「すべて」がすべて無駄になってしまうような気がする。


かなり広い、バラライの家の浴槽。壁にもたれかかると、窓からもう星が見えていた。
「限りなく有りの侭」の自分の姿を、躊躇いもなく輝く星がすごく羨ましい。
できるなら、有りの侭の星を着飾りたい。

 私は綺麗でもないかもしれない。
 好きな人にもどう思っているのか伝えられず、強がりばかり。
 頑張ってそうしようとしている女の子は、本当に綺麗で羨ましく思うんだ。

有りの侭の私を、見て。


マニキュアも落として、化粧も落とした。
髪につけたワックスも、手首に薄くつけた香水も。

 元々私がそんなに厚く化粧しているわけじゃないけど、何もしてない私、っていうのは自分自身で久しぶりに見たと思う。
 髪の毛も乾かして、いつもの髪型にもしない、化粧さえしない。
 いつものネックレスと服を着て、先ほどの更衣準備室へ向かう。
 先ほど見つめていたドレスは、先ほどと変わらない目で私を見つめている。

ああ、まるでありえない。
いつもと少し顔が違って、そしてドレスだって着ている私。
これが一応、有りの侭の私だから。
私って分かってくれる?受け入れてくれる?



「きゃ」
少し恥ずかしくて、下を向いて歩いていたら曲がり角で人とぶつかった。そして、最初に聞いた言葉は

「ごめんね。……、おいで、僕の愛しい人」




fin.