このまま、忘れられないってことは分かってる。
だけど抜け出したくて。


a Moment


「何かあったかい?」
くしゃ、と彼女の整えられた髪の毛を彼の褐色の手で絡める。勢いはそんなにはない。
その時頬を掠めた髪が彼女の頬を擽り、彼女が目を覚ます。
先程までは夢の中、というよりも悪い夢で苦しんでいるようにうなされていた彼女は彼をも恐れるに目を見開いて、彼がいる方へと静かにその紅い瞳を忍ばせた。

「やめろって。そんな…特に何かあった訳じゃない」
自分の髪に絡み付く指を追い払おうと、その褐色の手から繋がる腕を手で押した。その腕は抵抗することも力を強める事も無く、ゆるゆると力が抜けるように宙に落ちた。空に落ちた余韻か、長く感じたその間はどう表現で言えばいいのか分からない静けさに満ちていた。

「いつもと一緒だ」
「うん。いつも何か?」
どこで言葉を始めればいいのか分からない程静かであったその間の流れを読まず、分からないままにときを無視して無理に始めた言葉は彼女の言った言葉。後には無駄に吐息が流れる。
その言葉を聞くのがめんどくさい、そう言う子供のような態度で彼は彼女を見、また子供っぽくへりくつを言い、彼女を迷わせるのが彼の得意技。

「…ね、パイン?」
「…どうでもいいだろ」

彼女が真面目に話を聞いているかを確かめるかのように彼女の名前を呼んだ。
この時間の進み方に納得ができない、そう彼女は言っているようだった。


2年前から一緒だ。きっと、もう私が変わる事なんてできないから。
ずっと残る傷は、きっとずっと私を傷つけてく。
そんなこと、もう忘れてようとしてるけど。

「教えて欲しいな」
「うるさい」
「どうしたら言ってくれるんだい?」
「…だまれ」
と。二人の一連の会話。しつこく彼女に付き纏い訊ねまくるバラライは、もうとっくにうっとおしがられてパインの顔には諦めの表情が浮かんでいる。それを真面目に受け止めず、ニコニコと微笑み続けれるバラライもバラライ。さらにパインは深く大きく一つ、ため息をついた。

「知ったってあんたが何も変わるとか、そういう事は何にもないんだろ?」
「無いかもしれないけど…」
「私は私で、しゃべりたくない理由とかその…いろいろあるんだ。」
「無いけど…」
「聞いたって何も特なんて無いだろ?」
「…って、ちゃんと話聞いてる?」

「…聞いてる訳ないだろ。」
「酷いなぁ」


あんたが分かってくれるか分からない。
ずっと、一人よがりな「夢」を見てるかもしれないから。
バラライを、傷つけてしまいそうで。

彼女が何時の間にか組んでいた腕を解き、ゆるりと力を抜いて宙に行き場を任せて揺れ動いた。
そして、今までよりも更に目の鋭さが増し、バラライを睨み付ける。

「だから!あんたに言いたくない内容だってこと。いい加減に…っ!」
「僕はくだらない事とか、してるつもりはないんだけど?」
握った拳を下へと力強く振り下げてバラライへと彼女が怒鳴り付ける。
その時丁度に、彼女の振り下げた手の手首を強く、バラライが掴んで強制的にその下ろされていた手の動きをピタリと止めた。
一瞬、何もかもが止まってしまった静寂の世界に来てしまったようだった。
彼女はその世界で、躊躇い、そしてしょうがない、という顔つきで口を開いた。

「痛っ…」
「こういう事に、なりたくないでしょ?」
「でも!いくらなんでも強引すぎる…っ」


「ただ、気になってる。理由はそれだけで成り立つんだろう?」
「……私は…知らない。」

力ずくで掴まれている手を横に叩き付け、バラライの手を振り払いながら後ろへ一歩下がる。カツンっ、とまるで彼女自身がそれを予知していなかったようにあまりにも急ぎすぎて力を入れきれなかった彼女のヒールの音が高く響いた。
「知らないんじゃなくて、ただ…私が知りたくないだけ……だ。」
「そんなに嫌なら強制ではないんだけど?」
そういう時点で強制的、と言っているような物だと思うのはきっと彼女だけではないと思う。
言わせたい、ただ彼はそう想っているだけだけれど、それが全ての要因。


「強制じゃないって、それでも気になってるって!一体、あんたはどっちなんだよ。」
あんたが言う言葉も、全ての言葉も、聞こえるのは一瞬。なのに、哀しいのは続くのはおかしい。
「じゃあ、君のお好きに。」
聞いてて嬉しい訳ない、たのしい筈なんてない。
言いたくないから、言えない訳じゃない。

背を向ける。彼女のその動作が彼の表情を濁らせたとは知らずに、彼女は背を向けた。
「じゃあ、私の好きにする。」
そう答えた彼女の言葉を、すべて彼が聞き取ることができなかったのも彼女の所為。
静かにその脚を進めて、彼の方へ振り返る彼女に、彼はふい、と顔を横に向けたのも同じような事。
知らない、そう言っている彼の目は窓の外へ向けられて何か遠くの物を見つめている。彼女の事は何も見ずに、ただそのまま、ここからどれだけ離れた場所かも分からない場所を、ぼぅっとした顔つきで。
一瞬で手が届くと言うのに、わざとその金の瞳を彼女の方へずらさないのも、彼の勝手な想いではなかった。
それがひしひしと感じられるピリピリとした空気が、部屋の中を充満していた。

「誰が言わないなんて言ったんだ。」
いつの間にか彼のいる方へと顔を向け、キュっと彼の濃緑の服を握った。
「私があんたに何も教えないなんて言ってない」
「そうとは、思わなかった」
静かに口を開いて、バラライがパインの方を見つめた。そのポーカーフェイスが、彼女を混乱させる。
するすると力が抜ける彼女の指が、下へと落ちて行く。
「夢でいつも二年前の事が忘れられなくて、ずっと思い出して、それで何度もギップルとあんたが撃たれて倒れてくのを思い出して…」

「忘れたくても忘れられなくて。一日も…忘れられた日なんてない」
「随分、唐突だな、君も。」
「……悪かった。」

「どうして、話してくれなかったの?」
長い時間見られなかった彼の笑顔が取り戻される。その笑顔で、彼が手で彼女の髪を撫でる。
「言ったら…もっと思い出すと思ったから。」
「悪い夢っていうのはね、他の人に言った方が楽になるんだよ。」
「……ああ」

言ったら、どうなるか怖かったから。
結局、言ってしまったらこんな物だけど。

「どうしたら、君はその事を忘れるのかな?」
バラライは彼女の背に腕を廻して優しく抱きしめる。何も怒らなかった部屋に、小さな風が吹く。
「もう、忘れたよ」
「うん、よかった」

一瞬でも忘れる時が来る日なんて来ないと思ったけど
ただこんな簡単なに事で忘れられる。

言ってしまえば、簡単な事だった。


「あんたが強引すぎて、良かった」
そして、彼女は瞳を閉じた。




fin.







セレブスピラ投稿作品バラパイ第1団。
お題(テーマ?)は「一瞬」でした。
今読むとものすっごく恥ずかしいです…(書いた直後でも恐ろしく恥ずかしいので推敲なんてすごいことできません)
なんか、昔と今と、パインとバラライのキャラがもう違うですし、ただ台詞がずらずらーと並んでるだけっぽいです。(今もそうなってしまうけど)
セレスピに感謝!




site UP '04/11/03