こういうもの? いつも同じ? 心の痛みはこうして始まるの? ……私には、何も分からない。 まだ、私はあの夕暮れに立ち尽くしている錯覚に陥る。 そう、まるでクレムリン・ダスクみたい。 Shadow Of Love 「まあ心配しなくていいって。アイツは2年前から相変わらずあんたのこと好きなままだって」 『そ、そんなことき、聞いてないもんっ!』 スフィアの中には恥ずかしがった赤面している少女。そんな彼女を見て、パインは後ろを一瞥した。そして、またそこに居た人に向かってにっこりと微笑む。 「まぁ。当たりすぎてて笑ってるだけ。んじゃ、これから仕事あるからもう切るよ」 『うん分かった。話し相手、してくれてありがとう』 スフィアの中が一度砂嵐のようになってから、ふと元の水色の輝きに戻る。 「だってさ…やっぱりいろいろ大変だな、あんたも―――ね、ギップル?」 「そんなこと言って、本人居る前で話し続けるあんたも正直タチ悪いぜ」 「困った友達の話を聞くのは大切なことだからな。途中で止めるなんてできないよ。それに、最近あんたとずっと一緒に居て、あんたからの口からリュックの名前が出てこない日はない。だからこれは少しあんたのことも考えてあげてるってこと」 「なんか、有難いんだか有難くないんだか」 そして、少し口元まで手を持っていって微笑んでから言う。 「ワンサコリュックコ、ソキキサオチョフガミイサミベアカミミンガアナ」 「ちょ、それひどいだろっ!」 ギップルががしがし、と困ったように頭を掻いた。 ここはパインのベベルの一時的な家だった。 式典の会場がベベルにある為、仕事のほとんどはベベルに集中する。よって彼女は前々からルカに住んでいたのだが、仕事の効率もよくなるためにベベルに一時的に部屋を借りている。 「ホント、あんたは嘘がうまいな。どうしてリュックにあんたと俺が全然会ってないなんて言ったんだ?調べればいくらでも分かることなんだぞ?最近の式典の準備はほぼ元マキナ派側に重点が置かれてるって」 「もちろんその場で言ったら問い詰められることになるし、それにリュックは…私の言ったことなら信じてくれると思って。まだリュックには、私とみんなが仕事なんて雰囲気になれないってこと、まだ言ってないから」 「バラライ以外、な」 「……もちろん、そのことも」 目を、伏せる。 「でも、今日もリュックのこと言いに来たんだろ?でなきゃ、建前忙しいあんたが会場から出てくる必要ないもないし」 「まぁ、そんなとこ。内容は…きっとさっきリュックが言ってたことと同じだと思うけど」 「変わった、ね……そこ座って。コーヒー淹れて来る」 「ああ、ありがと」 彼女は部屋に置いてあるソファに座るよう促した。そしてすぐそばにある小さなキッチンへと足を進める。 コーヒーメーカーを見つけ出し、手に取る。 「しごと、か…」 少し前なら、あいつが仕事をやってるのを黙って見てることか、待ってることしかしてなかった。自分はスフィア・ハントの合間合間に来ていたわけだから、要は暇な時間に行ってたことになるけど。だけどあいつは仕事で、暇そうな時間なんてなかった。 それでもあいつは仕事の合間でも声なんて掛けてくれたりしたし、疲れていてもそれとなく私の好きな顔を見せてくれた。疲れてるのに。 それなのに、私は。何も余裕がなくて、なぜかあいつの目の前だけはなぜか仕事面してて。 仕事でも、あんな顔してくるあいつを見て。自分には好きな人の前でのそんな顔ができないくらい嫌なやつなんだって思って。 意地なんて、張っちゃって。 「バラライ…」 そんな自分が悲しくて、仕事の関係上会わなければいけないときにしか会わない。 こんな嫌な自分を、見せたくなくて。 近くに居てもいいのに、独りで、寂しい。 独りなんて気づいたのは久しぶりで、そしてひとり。 一人立ち尽くして、苦しくて、その場にしゃがみこんだ。 「本当は、…逢いたいよ。ものすごく」 「ごめん。少し手間取っちゃって」 「いいや、べつに良い」 ギップルの座る正面、テーブルの上に彼の分のコーヒーカップを載せる。薄く湯気が立っている。 「で、何、話って。またリュックを急に襲ったりしたわけ?」 その正面のソファに、パインも座る。 「ぶっ!!…そ、そんなんじゃねぇよっ!ただ…さっきリュックと会って、今雪降ってるだろ?それで雪のことが嫌だって言ったらなんか悲しそうな顔したから…なんか俺っておかしいのか?雪のこと嫌だっつったんだけなんだぜ?」 「あんたそんなこと相談しにベベルまで来たのか!?ジョゼから!?」 「そんなこと、じゃねえよっ!しかも明日からどうせホールで使われる警備マキナの整備を始めるからついでって言ったら悪いけどここに来ただけだって。ただ…小さいころから一緒に居て、ああいう態度取られたときって後からいろんなイザコザが起きるんだよ…だからパイン先生の意見を聞かせてくれない?」 「はぁ?ただそれってあんたがアルベドっぽくなくなっただけだろ?」 「アルベドぉ?それと雪と何が関係あるんだよ?」 「いい加減あんた馬鹿だぞ!アルベド人が雪見ることなんてそう無いだろ。だから、そう雪のこと邪険に見たから昔と違うんだ、ってリュックは思っただけ」 「……あっ!そういうことか」 「世話の掛かる教え子だこと…リュックは昔から一緒に居た訳だから、そうあんたが変わることが少し不安なだけで、あんたもリュックもどっちも悪くない」 「……はぁ」 「まぁ、これからもリュックのこと大事にしなさいってこと」 「ふぅん、じゃあもう一つ聞きたいこと」 「今度は何?」 「全然変な気は起こしてないから、少しだけ我慢してな」 「ん?」 おもむろに彼は立ち上がって、ソファに座るパインを後ろから抱きしめる。 「今度は何をやり始めたつもり?」 「バラライならどんなことするか、考えての末の行動」 「まぁ…間違ってはないと思うけど」 「はい、協力ありがと。……非本土民(ヨソモノ)から言わせてもらうとさ」 そしてパインを放す。 「何?」 「いつもしてたはずなのに、あんたからベベルっていうか、バラライの匂いがしない」 手のひらの上のカップを、落としてしまいそうだった。 「どっちも仕事が忙しくて全然会えたりとか、しないしさ」 「でも、俺とは会ってくれてる。それにアイツならあんたのためならいくらでもしてくれる」 「そんなの、大変だからいらない。多分、あいつと逢わなくても 「あわなくても大丈夫、なんて言えるはずないよな。だって最近パイン先生日に日に余裕が無くなってきてるのが目に見えてわかる」 「ただの勘違いだって!」 「そうか?それなら100歩譲ってパインが無理してないとするよ。でもアイツの立場になってみろよ…俺が言えることじゃないけど、アイツはパインよりも仕事があってさ、もっと余裕なんてないよ。それにたまには好きな女を抱きたいって思うさ」 「ぎ、ギップルと一緒にするな…っ」 今にも、泣きそうだった。 「分かってないのはパインの方だ。男って、そんなもんだよ」 「それならそれで、よかったのに」 「え?」 「ごめんギップル、一人にさせて」 「ああ、分かった」 私は思われている以上にその笑顔に助けられていた。 そんなことを呟いて、また暖かい手を握りしめていた。 これからなかなか逢えなくなる、そうなるのは分かっていた。 「愛してる」だとか「大好き」だとかそんなことを繰り返し耳元で囁きながら。 眩暈のするような熱く甘いキスはずっと続いていたのに 心の何処かでは終わってしまうときの言葉を考えている。 まるで、クレムリン・ダスクみたい。 ドアの横であなたは言った、行かなければならないと 私をこれ以上助けることはできないと この日が来ることを予測していた、ずっと以前から だから私は窓の外をずっと眺め続けた |